「春田さんの事なんか好きじゃない」について語らせてくれ


牧くんが春田に放った「春田さんの事なんか好きじゃない」。これ本当にすごく色々考えさせられたので語らせてくれ。
春田と牧が別れなくてはならなくなった理由が、この一言にすごく現れてると思うんだ。

もちろん春田は「春田を嫌いになった」という意味合いで受け取って、それを春田が信じたにしろ信じないにしろ、視聴者には牧が本当に春田さんを嫌いになった訳じゃないというのはわかってると思う、
春田が好きでどうしようもないという気持ちは溢れた牧くんの涙からびしびし伝わってくる。

春田さんが好きなことは止められなくて、春田は揺れながら迷いながらも自分に真面目に向き合って、好いてくれてきている。
それでも、牧くんの口から「春田さんの事なんか好きじゃない」って言葉が出るのは、ただ春田と別れるための切ない嘘ってだけじゃないと思う。

牧くんが春田なんか好きじゃないって言うこと、
牧くんが春田を好きな気持ちを否定すること。

それって、自分から生まれてしまった「好き」という感情を、牧くん自身が踏みつけて潰してぐちゃぐちゃにする言葉じゃん。

牧くんは「春田さんなんかすきじゃない」という言葉で、自分を、牧自身を、ぐちゃぐちゃに否定しているんじゃないかな。
春田さんを好きになって、自分を許してくれない世界に直面して、世界に許されない自分に直面して。
男を好きになる自分自身を、牧が牧に生まれてしまったことを、他でもない牧が否定する言葉なんじゃないか。

牧が別れようとしたのは、春田がちずを抱きしめているのを見たからだけじゃなくて、
「春田を好きになって春田と付き合う」ことの全てが、牧の背負ってきたセクシュアリティの呪いを彼に突きつけるものだったからなんだと思う。

人を好きになって付き合って結婚して子供を育てて…
春田が何も疑わずに持つことができる、そういう後ろめたさのない100%の幸せを、牧は手に入れることが出来ない。どんなに2人で幸せでも、春田のそれを奪ってしまうことに、牧はきっとずっと傷つけられてしまう人だと思う。
男が好きな自分に生まれてしまった、その呪いを蹴り飛ばして心から笑うには、牧くんは優しすぎる。他人の感情に敏感すぎる。

6話の春田の母のシーン、それを露見させる本当に秀逸な場面だった。
好きな人の母親にあたりまえに自分の生まれついた全てを否定されるって、どんな気持ちだろう。
おっさんずラブの世界はマイノリティに優しい世界で、驚きこそすれど嫌な顔はしないし、偏見のない人たちばかりだ。
それでも、相手どんなに偏見がなくても、無意識に笑顔で全てを否定される。マジョリティの「普通」がある限り、マイノリティは「普通」にはならない。
現実はきっと、おっさんずラブほど偏見のない優しい世界ではないのに、その優しい世界でも、男同士の恋愛が「普通」になることはない。
その限り、牧くんはマイノリティである呪いに囚われ続けるのだと思う。
そうやって否定され続ける世界で、牧が牧を肯定できない限りは絶対幸せにはなれない。だからこそ、「春田さんの事なんか好きじゃない」っていう牧くんの自己否定は、誰かを好きになっても、愛されても、幸せにはなれない牧くんの絶望的な辛さがある。

春田がどれだけ牧を好きか、牧がどれだけ春田を好きかじゃなくて、「牧が春田を好きな牧を肯定できるのか」「牧が春田に好かれることを肯定できるのか」っていうのが別れる理由になってるのが、本当に苦しいしどうしようもないし、牧のこころをぐしゃぐしゃと潰し続けるマイノリティの呪いなんだと思った。